【コラム】フォロワーの数を競うのはやめにしませんか〜表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬[若林 正恭(著)]書評〜

日々考えていること、日常の出来事、昔の思い出などを綴ったコラムです。いつものブログとは少し違った雰囲気で、記事というよりは日記に近い読み物として楽しんでいただけたら幸いです。(ちょっと文章もトーン変えています)

久しぶりに文庫本を読んだ。
“表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬”というタイトルの旅行記で、著者は若林正恭さん。そう、「お笑いコンビ・オードリーの若林」である。

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著者がキューバを旅したときの体験を綴った旅行記なのだが、ただのエッセイはちょっと違う。実はこのキューバ旅行には大きな目的があり、それが旅の後半で明らかになる。そのシーンを読みながら、僕は思わず泣いてしまった。もし、これから読む人というは、ぜひともオチをネットで調べたりせずに読んでほしい。

上質なドキュメンタリー映画を見た時のような読後感。すこしばかり、この本の感想文を綴ってみようと思う。(上記の通り、オチはぜひ読んでほしいので、それに関するネタバレはしません)

 

人が旅をする理由

物語の前半では、著者がキューバへ旅立つまでの経緯が語られている。しかし、この段階では「なぜキューバなのか」は明らかにされていない。
本文中、旅行代理店スタッフとの会話の中に、以下のようなやりとりがある。

旅行代理店「なぜキューバに行こうと思ったんですか?」

若林「アメリカとの国交が回復して、今のようなキューバが見られるのも数年だと聞いたからです」

テレビ番組のキューバ特集で流れていたナレーションをそのまま拝借した。

(本文より一部抜粋) 

その次の章では、中学受験の時に同級生に感じた格差や、20代半ばの頃に「勝ち組」の同級生に感じた違和感について語られる。著者は、競争の元に成り立っている資本主義(くわしいことは知らないが、この本には”新自由主義”と書いてあった)に窮屈さを感じているようだった。

僕はこれに痛く共感した。お金、仕事、美女、地位など、「いかにも目のくらみそうなもの」を巡って、マウンティングの取り合いをしているヤツらの気持ちを僕は全くもって理解できないのである。どうしてみんなもっと仲良くやれないのかな、と思う。(これってバカ言ってるのか?)

十数年前、社会に出たてだった僕は、競争を強制する世の中のシステムが嫌で嫌で仕方がなかった。全員がハッピーな方が良いに決まっているのに、わざわざ喧嘩腰で挑発してくるような連中は何を考えているんだと感じていた(だけど、そういう連中にとっては競争こそがハッピーなのだろう)。

今でいうと、SNSでフォロワー数を競い合う人たちも同じだと思う。発信力がモノを言う時代になり、SNSを介して多くの人にチャンスが巡ってきたことはたしかにメリットだと思う。多くの個人の意見や考え方に触れられるようになったのは良いことだが、フォロワー数=権威になりつつある。

結局、知らないうちにみんなで競い合って、誰かよりもフォロワー数が多いことに安心してしまっていないだろうか。逆に、フォロワーが増えないことに不安を感じてしまっていないだろうか。それって形が変わっただけで、本質は金や地位を競い合ってマウンティングしているのと何も変わってないんじゃないか?
そんなことを思ってしまった。

話を本に戻そう。

新自由主義の価値観にうんざりし、競争からの逃避を試みるべく、著者は社会主義国であるキューバへの旅を決意したのだと僕は理解した。人が旅に出る理由というのは、往往にして逃避が目的だったりする。少なくとも、僕の場合はそうである。

 

社会主義国の情景、そして後半で明らかになる旅の目的

序章が終わると、いよいよ筆者がキューバへと旅立つ。ここからはいわゆる旅行記になっていく。現地で訪れた場所、出会った人々の様子、そしてそれを見て著者が何を思ったかが綴られている。

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時折、写真も交えながらストーリーが展開していくので、現地の情景がイメージしやすかった。本を通して僕がイメージしたキューバは、とても豊かだった。

この本のタイトルになっているカバーニャ要塞についてももちろん描かれている。表参道で見かけるセレブに飼われた高級な犬と、カバーニャ要塞で出会った野良犬。両者のどちらが自由なんだろうという視点が面白かった。

4日間の旅行記は少々間延びするところもあったが、最終日の4日目で物語が一気に加速する。最終日だけは現地ガイドを付けずに一人でキューバを楽しみ、少し慣れてきた著者の様子が伺えるのだが、そんな中、突然文章に現れ始める違和感。えっ、なにこれ?と興味の赴くままに読み進めていくと、最後にその謎が解き明かされる。

実は、キューバを旅先に選んだのには大きな理由があったのだ。

ここから先はネタバレになってしまうので差し控えるが、ネットでしらべればすぐに答えが出てきてしまうので、読む気がある人は絶対に検索しないでほしい。Amazonのレビューも読まない方がいい。

僕はまったく知らずに読み進めたのだが(というかネットで見たはずだったが完全に忘れていた)、最後のシーンは思わず涙がこぼれてしまった。
普段は本も読まないし、読んだとしても感情が高ぶることはないのだが、今回ばかりは心を大きく動かされた気がした。

792円で買える「生きづらさの答え」

僕がこの本の存在を知ったのは、とあるWebマガジンのインタビュー記事だった。その記事の中で「生きづらさの答え」と踊る見出しだけを見て、すぐにAmazonで注文した。

生きづらい世の中だなんてことは小学生くらいの頃から何となく気づいていたし、今だってそう思っている。(というか、思っていないヤツなんているのだろうか?)
夏目漱石だって小説・草枕の冒頭で「とかくに人の世は住みにくい。」と言っているんだから、きっといつの時代もそうだったのだろう。だけど、どうしたらいいのか正直よく分からない。

僕は生意気にも、一生かかっても解決できなさそうな「生きづらさ」への答えを、たったの税込792円に期待してしまったのかもしれない。ただ、読了後には読んでよかったと本当に、心から思った。

結局のところ「生きづらさ」なんてどうしたって消えることはないのかもしれない。この本には社会主義国(キューバ)と新自由主義国(日本)に共通する生きづらさに対する一つの答えが綴られていた。

僕は思った。
「みんなでフォロワー数を競い合うのはやめませんか」と。

最後に、この本の中で最も印象に残った一文をご紹介して締めくくりたいと思う。

ここ(日本)で生活し続ける理由。
それは、
白々しさの連続の中で、
競争の関係を超えて、
仕事の関係を超えて、
血を通わせた人たちが、
この街で生活しているからだ。

(本文より一部抜粋)

僕が今、なぜここにいるのか。
その理由が少しわかった気がした。

素敵な書籍です。
ご興味があればぜひ。

それでは、また。

 

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